2020年05月14日

琉球古典音楽 かぎやで風(かじゃでぃふう)節


 今日の誇らしゃや 何にぎやな譬る
  きゆぬ ふくらしゃや なうにじゃなたてぃる

 蕾で居る花の 露行逢たごと
  つぃぶでぃうるはなぬ つぃゆちゃた ぐとぅ

 今日の喜びは何にたとえようか
 蕾んでいる花が、朝露と出会った時のようだ

結婚式やお正月、舞台などの幕あけなど、おめでたい席において、
最初に歌われる代表的な楽曲として知られています。

また、琉球王国の国王の御前で演奏されたことから、御前風(ぐじんふう)とも言われ、
この、かぎやで風と合わせて、恩納節(うんなぶし)、長伊平屋節(ながいひゃぶし)、中城はんた前(なかぐしくはんためー)、特牛節(くてぃぶし)と合わせて御前風五節と呼ばれているほか、
長寿、子孫繁栄、五穀豊穣を願う琉球舞踊の老人踊りとしても踊られています。

つぼんでいる花が朝露を受けて、今まさに花開こうとしている様子を思い浮かべるだけで、
とても心が洗われて、気持ちが晴れ晴れとしますね。
そんな思いを込められて最初に歌われる、このかぎやで風。
それは言霊となり、その場を浄化し、さわやかな空気となって、
そこに集った人の心を包みます。
posted by タマ at 11:43| 歌三線

2020年05月10日

心を魅了する沖縄のエイサー


エイサーは沖縄の盆踊り、祖霊・精霊の供養を目的とした念仏踊りから発展してきた伝統芸能

その起源は、1603年に沖縄に渡来した浄土宗の高僧 袋中上人(たいちゅうしょうにん)が、
浄土の教義を世間の人たちにわかりやすくして琉歌念仏を作り、節を付けて布教したことからはじまりました。

その後、念仏者(ニンブチャー)と呼ばれる人たちが表れて、
18世紀半ばころには、王家や貴族の間で、お盆になると、彼らを屋敷に招いて祖霊の供養をするという風習ができていたそうです。
その、ニンブチャーによって、念仏歌が三線に乗せられて歌われるようになったことが、エイサーのはじまりだと言われています。

この念仏者(ニンブチャー)は、お祝いの歌、葬式での念仏、漫才芸などをする門付け芸の、
京太郎(チョンダラー)を兼ねていました。

当初は、ニンブチャーにより念仏歌のみで歌われていましたが、さらに庶民の間にも広がりを見せ、
明治に入ってからは、各村や地域の青年たちが、それを担うようになり、毛遊び歌や民謡も取り入れられるようになりました。

戦後は、1956年に、旧コザ市(現在の沖縄市)で全島エイサーコンクールが開催され、
見せるエイサーとして、さらなる発展をするようになり、その後、全国的に沖縄出身者を中心にエイサー団体が設立され、
現在では、さらに独自のエイサー団体も数多く設立されて、様々なイベントや行事にて演舞されるようになっっています。

青年たちが踊りながら太鼓を打ち鳴らし、歌と囃子に合わせ練り歩く、迫力ある伝統芸能。
その演舞は私たちの心を魅了します。
posted by タマ at 16:01| エイサー

2020年05月05日

視覚障害について


視覚障害とは、視力や視野に障害があり、日常生活に支障を来たしている状態で、
メガネなどを使用しても一定以上の視力が出ない状態のことを言います。

見え方の状態は、全盲と弱視(ロービジョン)に分けられます。

全盲は、まったく見えないという状態を含めて、
わずかにぼんやりと影や明るさ程度がわかる状態も含まれます。

弱視(ロービジョン)は、ある程度視力のある状態、また、視野に障害のある状態で、
視覚障害の多くが、この弱視(ロービジョン)ということになります。

原因は、生まれついてのものと、人生の半ばでなるものとがあり、
日本での三大失明原因として、下記の3つがあげられています。
・緑内障
・糖尿病性網膜症
・網膜色素変性症

私の場合は生まれついての緑内障での視覚障害でロービジョンとして生まれ、
27歳のときにほとんどの視力を失って全盲となってきました。

視覚障害というと、まったく見えない人というイメージを
持たれている方もあるかと思うのですが、
実は、視覚障害者の大半は弱視(ロービジョン)ということになります。
そして、その見え方は様々なんですね。

視野の障害では、見える範囲が狭く中心だけが見えていたり、
また、その逆で、中心だけが見えなかったり、
さらには、見えない部分が斑になっていたりする場合もあります。

また、まぶしさを非常に強く感じたり、暗がりでは何も見えなくなったりするという状態もあります。

そして、その程度も、人それぞれなので
それぞれの不便さがあるということになります。
posted by タマ at 10:57| 視覚障害

2020年05月04日

沖縄の歌三線の魅力


歌の情けと心安らぐ三線の音色
歌を中心として、奏でられる絃声一体の歌三線

沖縄の音楽は、神々への祈りを起源として、
琉球王朝時代に三線の元となる楽器が中国から伝来して形作られてきた琉球古典音楽と、
庶民の中で発展してきた民謡の二つに分けられます。

民謡では、今も新しい歌が生まれ続けていて、
また、それらが基盤となり発展してきたポップスやロックなどとしても
広く親しまれていて、とても暮らしの中に根付いているのが沖縄の音楽です。

私もそんな歌三線を、途中視力を失いながらも25年近く続けて来ているわけですが、
歌三線そのものの情けと合わせて、それを通して、
たくさんの人たちとのつながりが得られてきたこと。
そして、そこで得られてきたものは、とても大きなものだと思っています。

喜びも悲しみも糸の音に乗せて奏でられる歌三線。
心の癒しから熱狂的に舞い踊るカチャーシーまで、
その魅力は無限大です。

子供からお年寄りまで誰もが楽しめて、
とても親しみやすく、奥深くもある歌三線。

皆さんもぜひ、そんな歌三線に触れられてみてはいかがでしょうか。
posted by タマ at 11:10| 歌三線

2020年03月10日

今できることを

さてさて、家族みんな風邪の症状はすっかりと治まり、
いつも通りの元気を取り戻しています。
嫁も昨日から仕事に戻りました。
幸人も保育園に戻りましたが、この御時世安全を考えて、
できればお家で見てあげてくださいということで、
今日はみんなで家で過ごしています。

演奏活動と教室は、コロナウィルス感染症の拡大防止のため、自粛とさせて頂いたわけですが、
これによって得られた時間、今できることを
大切にしていければと思っています。

それにしても、早く収束に向かって行ってくれるとよいですね。
posted by タマ at 15:24| 日々徒然