2020年05月14日

琉球古典音楽 かぎやで風(かじゃでぃふう)節


 今日の誇らしゃや 何にぎやな譬る
  きゆぬ ふくらしゃや なうにじゃなたてぃる

 蕾で居る花の 露行逢たごと
  つぃぶでぃうるはなぬ つぃゆちゃた ぐとぅ

 今日の喜びは何にたとえようか
 蕾んでいる花が、朝露と出会った時のようだ

結婚式やお正月、舞台などの幕あけなど、おめでたい席において、
最初に歌われる代表的な楽曲として知られています。

また、琉球王国の国王の御前で演奏されたことから、御前風(ぐじんふう)とも言われ、
この、かぎやで風と合わせて、恩納節(うんなぶし)、長伊平屋節(ながいひゃぶし)、中城はんた前(なかぐしくはんためー)、特牛節(くてぃぶし)と合わせて御前風五節と呼ばれているほか、
長寿、子孫繁栄、五穀豊穣を願う琉球舞踊の老人踊りとしても踊られています。

つぼんでいる花が朝露を受けて、今まさに花開こうとしている様子を思い浮かべるだけで、
とても心が洗われて、気持ちが晴れ晴れとしますね。
そんな思いを込められて最初に歌われる、このかぎやで風。
それは言霊となり、その場を浄化し、さわやかな空気となって、
そこに集った人の心を包みます。
posted by タマ at 11:43| 歌三線

2020年05月04日

沖縄の歌三線の魅力


歌の情けと心安らぐ三線の音色
歌を中心として、奏でられる絃声一体の歌三線

沖縄の音楽は、神々への祈りを起源として、
琉球王朝時代に三線の元となる楽器が中国から伝来して形作られてきた琉球古典音楽と、
庶民の中で発展してきた民謡の二つに分けられます。

民謡では、今も新しい歌が生まれ続けていて、
また、それらが基盤となり発展してきたポップスやロックなどとしても
広く親しまれていて、とても暮らしの中に根付いているのが沖縄の音楽です。

私もそんな歌三線を、途中視力を失いながらも25年近く続けて来ているわけですが、
歌三線そのものの情けと合わせて、それを通して、
たくさんの人たちとのつながりが得られてきたこと。
そして、そこで得られてきたものは、とても大きなものだと思っています。

喜びも悲しみも糸の音に乗せて奏でられる歌三線。
心の癒しから熱狂的に舞い踊るカチャーシーまで、
その魅力は無限大です。

子供からお年寄りまで誰もが楽しめて、
とても親しみやすく、奥深くもある歌三線。

皆さんもぜひ、そんな歌三線に触れられてみてはいかがでしょうか。
posted by タマ at 11:10| 歌三線

2019年11月10日

琉球王朝時代の三線の音色

11月7日(木曜日) 京都市立芸術大学 日本伝統音楽研究センターにて、
伝音セミナー [第7回 「琉球」の音色を聴く 王朝時代と現代の三線弾き聴き比べ
]が開催され、聴講してきました。

講師は遠藤 美奈先生。(日本伝統音楽研究センター非常勤講師)
そして、ゲストに、沖縄から、仲嶺 幹さん。(三線職人,沖縄県三線製作事業協同
組合事務局長)
喜納 吏一さん。(三線奏者,野村流音楽協会師範)のお二人を迎えての講演でした


昨年11月に三線が県の伝統的工芸品から国の伝統的工芸品の指定となるまでに、
工芸品としての歴史を改めて調査しなおすため、三線職人の仲嶺幹さんは、
沖縄県三線製作事業協同組合の事務局長としてかかわられてこられました。
その中でわかってきたことを、今回このセミナーでお話くださり、とても興味深く聞
かせて頂きました。

三線の伝来から琉球での発展、そして庶民への広がりについてお話をされ、
次に三線の構造と製作工程を映像と共にご紹介くださり、
そして琉球王朝時代の三線の復元についてのお話をしてくださいました。
沖縄県指定文化財の「盛嶋開鐘(もりしまけーじょー)」、「志多伯開鐘(したはく
けーじょー)」、「富盛開鐘(とぅむいけーじょー)」、「江戸与那(えどゆなー)
型」、「拝領南風原(ふぇーばる)型」と、東京国立博物館の「蛇皮線」を学術的に
研究者と共に調査。
CTスキャンなどを使って、細部まで細かく調査された結果、
王朝時代の三線は、弦には絹を使用し、竿は少し短く、胴の直系が現在のものより大
きめで、
内部に溝を掘るなどの低音を響かす工夫がされていたこと。
胴の直系が大きいと、皮を強く張ることがむずかしく、
張りの強さは、現在の三線のやく半分で5部張りだったということがわかってきたそ
うです。
そして、現在の三線はなぜ胴が小さくなり、高い音になってきたのかについてもお話
くださいました。

1950年頃、高度成長期に入り、物流が豊かになり、蛇川がたくさん入ってくるように
なったこと。
同時期に、テトロンやナイロンの弦が使われるようになったこと。
そして、野村流の幸地亀千代氏が
テトロン弦を使用し、5や6の高さで歌われたことで、
爆発的に高い評価を受け、名人と呼ばれたこと。
そうしたこともあって、声を高く、三線の音も高く、という時代があったそうです。
これにより、高い音がでるよう、胴が小さくなり、
糸も、それまでは絹の糸から強く高く晴れる、テトロンやナイロンが主流となったと
考えられているとのこと。
そのようにして、三線は高音化してきたと考えられるそうです。

徳川美術館に王朝時代の江戸上りのときに献上された琉球楽器群があり、
そのなかに横笛が収蔵されていて、
その笛の音の高さが、2の高さ(A♯)であることから、
当時の三線の音の高さは、平均して2だったと考えられるそうです。

その後いよいよ、復元された三線と、現代の三線の音の聴き比べ。
演奏は、野村流音楽協会師範 喜納 吏一先生。
瀧落管撹(たちうとうしすいががち)
干瀬(フィシ)節
仲村渠(ナカンカリ)節

調弦は2で、復元された三線のやさしくふかみのある音色にとても驚き感動しました

低温の響く三線は、近くでよく響き、よく聴こえ、
高い音の三線は遠くまで音がよく響くとのことです。

何が良い音なのか、この数十年で決めるのはどうなのか。
現代では様々な楽器と三線の音があるが、
昔はそうではなかった。
環境や時代によっても、良い音は変わるもの。
その時代によっての良い音があるのではとのことでした。

また、楽器が変わり、音の高さからでは歌唱法も変わり、
その中で、失われてきた何かがあったかもしれないということもお話されていました
posted by タマ at 12:04| 歌三線

2019年06月14日

第25回琉球民謡伝統協会民謡芸能祭に参加してきました。


6月9日に沖縄県南風原町立中央公民館小金ホールで行われた、
第25回琉球民謡伝統協会民謡芸能祭に参加してきました。

今年も協会本部の皆様、そして、全国からたくさんの支部の皆様が参加されて、たいへん盛大に開催されました。

私と妻は京都洛東支部を代表しての参加。
妻は今回のコンクールで優秀賞に合格。
私は今回は妻に付き添っての参加で幕開けのみ参加させて頂きました。
私も来年は次を受験しようかと思うところです。

本場沖縄・協会本部の先輩・先生方と交流させて頂くことで毎年たいへん気持ちが引
き締まります。

そしてこうして芸能祭に参加させて頂くことで先輩・先生方をはじめ多くのみなさん
とお会いできることが何よりもうれしく思います。

また来年が楽しみです。
posted by タマ at 10:38| 歌三線

2019年01月02日

ばあちゃんの形見の三線

今からやく40年前、僕が3歳くらいのときに、ばあちゃんが故郷沖縄から持ってきてくれた古い三線がある。
竿は細めで、全体的に小ぶりな感じの三線。
きっと、小さな僕に弾けるようにとのことだったのだろう。
ばあちゃんは、その三線を沖縄からひもで肩から下げて持って来てくれたという。

その三線はだいぶ古いものらしく、塗はかなりはげて、勘所も凹みまともに音が出ない。
いったいいつ頃作られた三線なのだろう。
いつも床の間で、ひっそりと仏壇のそばから、これまでやく40年の間、いつも僕ら家族を見守ってくれていた。

ばあちゃんは僕が13歳のときに亡くなった。
三線は弾けなかったようだが、親戚たちが集まる場所では、チジュヤーが好きで、よく踊っていたそうだ。

そんな、ばあちゃんが持ってきてくれた古い三線。
この年末、思い切って沖縄に送って、弾けるように修復してもらった。
竿を修復して塗りなおしてもらい、カラクイと歌口も新しいものにしてもらった。
皮もだいぶ古く、太鼓のような音なのだが、これはあえてそのままにしてもらった。
そんな古い皮の響きがまた心地よい。

小さいころ、近所の駄菓子屋に僕の手を引いて連れて行ってくれたばあちゃんの手のぬくもりが心によみがえる。

今年の正月はこの三線を妻とともに弾いて新しい年を迎えた。
posted by タマ at 11:03| 歌三線