2020年05月10日

心を魅了する沖縄のエイサー


エイサーは沖縄の盆踊り、祖霊・精霊の供養を目的とした念仏踊りから発展してきた伝統芸能

その起源は、1603年に沖縄に渡来した浄土宗の高僧 袋中上人(たいちゅうしょうにん)が、
浄土の教義を世間の人たちにわかりやすくして琉歌念仏を作り、節を付けて布教したことからはじまりました。

その後、念仏者(ニンブチャー)と呼ばれる人たちが表れて、
18世紀半ばころには、王家や貴族の間で、お盆になると、彼らを屋敷に招いて祖霊の供養をするという風習ができていたそうです。
その、ニンブチャーによって、念仏歌が三線に乗せられて歌われるようになったことが、エイサーのはじまりだと言われています。

この念仏者(ニンブチャー)は、お祝いの歌、葬式での念仏、漫才芸などをする門付け芸の、
京太郎(チョンダラー)を兼ねていました。

当初は、ニンブチャーにより念仏歌のみで歌われていましたが、さらに庶民の間にも広がりを見せ、
明治に入ってからは、各村や地域の青年たちが、それを担うようになり、毛遊び歌や民謡も取り入れられるようになりました。

戦後は、1956年に、旧コザ市(現在の沖縄市)で全島エイサーコンクールが開催され、
見せるエイサーとして、さらなる発展をするようになり、その後、全国的に沖縄出身者を中心にエイサー団体が設立され、
現在では、さらに独自のエイサー団体も数多く設立されて、様々なイベントや行事にて演舞されるようになっっています。

青年たちが踊りながら太鼓を打ち鳴らし、歌と囃子に合わせ練り歩く、迫力ある伝統芸能。
その演舞は私たちの心を魅了します。
posted by タマ at 16:01| エイサー